癸巳到春

新年あけましておめでとうございます 
 お寺の冬は忙しい。晩秋から師走にかけて落ち葉掃除から樹木の剪定、改歳に向けての様々な始末・準備に追われる。
 元々お寺の坊さんが忙しく走り回ることから師走と言う。
毎年暮れが押しつまるほど段取り良く動かねばならないが無理はいけない。なにしろ歳だし寒い。有難いことに十年来副住職がほとんどの始末をしている。
 正月飾りの最中、声を掛けてみた「手伝おうか」すぐ明快な返事「あぁ居ないでくれる」頼もしくも感じるが、ゆく年くる年・行く人来る人、これも天の定めか、隠居も近い、「いや、すでに隠居かも」。
 さてどこへ行けばいいのだろう。行きたいところが多すぎて困った。一番心地いいところは楽隠居の座だろうか、いやそうではないとても無理。
 わたしはだいぶ以前から気がかりな事がある。日本に伝えられた仏教が各宗派に分けられている事だ。
 大海原を渡る人生航路、船は大きい方がいいに決まっている。小さな筏でお互いが壁を立て是は吾方の教義だの私らの本尊だのと、朝廷や幕府など政治権力にくちばしを入れられ致し方なく制限を加えられ分断された仏教各宗派がある。現在もそのままだ。
 仏教ぜんたいは誰のためなのだろう、人類全体のものであろうと想う。
ペットボトルの水は最初誰のものだったのだろうか、生物全体が無償で享受できる天の恵みであった筈。
 人の道、天の道、仏の道、神の領域、理法、道理、思想宗教の分け隔てを超えて、生きている自分と活かされている天地を基軸とした大きな船を捜したいのだ。
 何某様の教えといったとらえ方でなく、何事を言っているのかを自分を通じて知るために学びたいのだ。
 とは言っても別に学者になるわけではない。自分というドキュメントに入力しておきたい、必要に応じて検索したい。真実を規範として正義に則して生きぬきたいと決めた。自分の心に従って。
 自分が自分として生きていくには、あらゆるものが何らかの影響力をもって
自分を活かしてくれている。その活かしてくれるものに素直に呼応する姿勢を
生きると言うのだろう。
 癸巳の歳、真実規範・正義則住の精進努力が春に到る道筋となる。
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